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幸福は付け加えによって増大するということはない。そのように増大するのは幸福の部分だけである。『ニコマス倫理学』

 文章の書き方で大切なのは「論理の立て方」です…と、アリストテレス『弁論術』を教えていただいた。こわごわと読み始めたら、危惧していたほどではなく、読みやすい。
 目次を見ている第一巻の第五章がなぜか「幸福」だったので、気になって読むと、すべての人は何か目的があり、それは「幸福と幸福の部分」だと書いてあった。
 私が文章を書けるようになりたいのも、弁論術の目的もすべて、「幸福と幸福の部分」を手に入れるためなんだね。

 以前、「悪い人」について友人と話をしたのを思い出した。

 友人は悪い人は悪いことをしたくて悪いことをするのだと言った。
 対する私は、いわゆる悪い人も、本人は良いことをしたくてやっているのだと言った。たとえそれが、他人からみると非常に「悪い」行いで、こじつけのようなアクロバティックな論理を駆使していたとしても、本人は絶対に善行のつもりなんだよ。悪いことだとうそぶいていたとしても、それを上回る本人基準の良い理由があるんだよ、と言うと友人は絶句していた。

 で、私のいうところの「良いことをしたい気持ち」は、アリストテレスのいうところの全ての人の目的、すなわち「幸福と幸福の部分」を求める気持ちなのだろう。

 ここで「幸福」だけではなく「幸福の部分」も含めるところがアリストテレスって、すごい。そして、幸福と幸福の部分の違いを端的に教えてくれるのが、今回の表題です。

幸福は付け加えによって増大するということはない。そのように増大するのは幸福の部分だけである。『ニコマス倫理学『弁論術』(アリストテレス岩波文庫/頁420) 
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