読めば読むほど

読書日記など

(ブログ)何を知っていて 何を為すのか

 その晩、映画を見てきた帰り道、駅を出たところで父を見かけた。
 いつもより良い目のスーツで、シャッターの下りた畳屋の軒先に立って、不機嫌極まりない顔で、煙草に火をつけようとしていた。
 
 家の中ならまだしも、外でこんな顔をしているのは見たことがない。一緒に帰ったらいらぬ小言をくらいそうだ。コンビニで時間をつぶしてから帰ろうかと向きを変えた時、もうそれから6年も経った今でも科学的に納得のいく説明はつかないのだけれど、そしてどうか頭のおかしい女の戯言と思わないでいただきたいのだけれど、頭の中でこんな声がした。「そんなことしたら許さない。一生後悔するからね!」
 
 有無を言わせない勢いに驚いて私は苦笑していた。口の右端が諦めのような笑いでぎゅっと上がってゆくのがわかった。しょうがないなあ、そんなに言うのなら勇気を振り絞りましょうかね、と心の中で返事して、煙草を吸う父の前に立った。

 感傷的な解釈としては、人格には上っ面側と奥側の層があって、上っ面側は注意力散漫、思考浅薄、行動は反応的。奥側は逆に物事を深く広く観察する。日常は上っ面側が占有率99.9%で、奥側は滅多に表にでてこないけれど、上っ面側は奥側の判断を信頼している、といったところだろうか。
 その12時間後に父が急死することと、その帰り道が父と話のできる最後のタイミングだったことを、どうして奥側は知っていたのか。どちらも私だというのなら、あの頃私は本当のところは何を見ていて、何を知っていたのか。もしももっと自覚的だったら、手の打ちようがあっただろうか。何度もその情景を思い出す。
 
 私の姿をみて、父の表情がすこし和らいだ。不機嫌極まりない様子は疲れていたせいだったからだ。ある先生の長寿のお祝いの会の帰りだという。(その先生には七日後の父の葬儀でお目にかかった。)それまでどんなときも絶対に弱音を吐かなかった父には珍しく「疲れた」とつぶやき、それでも煙草を手放さず息を切らせながら歩いた。
 竹橋の近代美術館で見たゴーギャンの凄さを嬉々として語りはじめた。「いつか見たいと思っていた絵だ。良かった、本当に良かった。お前も見て来い。」
 
 翌日朝、父は普通に食事を済ませて、私が外出する頃、父も外出の準備をしていた。道中読書には、ゴーギャンにちなんでマリオ・バルガス=リョサの『楽園への道』を持った。
 「僕も出かけるから」と笑っている父に見送られて私は出かけた。どんよりとした曇り空で鳥が高いところで鳴き騒いでいた。何か胸騒ぎがしていたのに振り返らずに駅へむかったかのように記憶している。でもその胸騒ぎはあとづけの脚色にも思える。記憶はいいかげんでお調子者だ。例えば『楽園への道』を家に置き忘れるとかして、30分後に家に戻っていたらせめて一人ぼっちで死なせなかったもしれない、といった類の沢山の小さな後悔が記憶を変えてしまうのだ。
 
 状況をよくわからない人は家族の不注意とも思うだろう。毎日一緒にいた家族のくせに、という気持ちも道理もわからないでもない。ましてや前日お祝いの会に出席しているのを多くの人が見ているのだから、その翌日に死んだなんて信じがたいことで、なんらかの原因をつきとめて指さしたくなる気持ちもよくわかる。でもあえて言わせてもらうなら、大きな持病もなく生まれながらに頑強で健康には絶対的な自信を持っていた父だったので、私たち家族にも予想外の出来事で、気持ちの整理がつけられなかったのだ。
 
 ひと段落した頃、道で父の主治医に会った。「あっぱれな大往生でしたね。男としてうらやましいです」。こういう慰め方もあると知った。