『ディブック』——記録映画上映とシンポジウム

 

 

 2016年2月6日(土)に東京大学で行われたイベントに行ってきました。二部構成で、第一部は『ディブック』の映画上演でした。 2002年の作品です。
少々遅刻して会場に入ったら真っ暗で、映画が始まっていました。
慌ててとにかく前の方の空いている席に座わったらちょっと音を立ててしまって、前の列の、いかにも品の良い大学の先生という感じの男性に怪訝そうな顔で振り向かれ、申し訳なくてようやく目が慣れてきた薄暗がりの中で軽く頭を下げたのですが、あとでそれは西成彦先生だとわかりました。ユダヤ演劇『ディブック』(未知谷)の編者の立場でこのイベントにいらっしゃるのですが、私の好きな、いや好きというよりもなんか気になってつい読み返してしまう印象的な本

不浄の血 :アイザック・バシェヴィス・シンガー,西 成彦|河出書房新社

の翻訳をなさった方だったのでした。ポーランドワルシャワで書いてもいたけれど渡米後の英訳作品で広く知られる作家ですよね。この『不浄の血』はあいにく家に置いてきてしまいました。とはいえこの日のイベントのテーマはもちろん「ディブック」だったですが。 


 こういう集まりに行くのは、手あたり次第に読んでいる本をまるでメトロ路線図のように関連づけができるようになるのが面白いからです。例えば今回だと「ユダヤ演劇」社の「ディブック」線には、象徴主義ポーランド帝政ロシアロシア革命ロシア・アヴァンギャルド演劇、家父長制と女性、シオニズム・・・の駅があり、他の路線と交差するようにつながってゆく・・・ような。読書によって駅を抽出できる人もいるのでしょうが、私は会話から抽出していくのが好きです。

 さて、『ディブック』は、ベラルーシ生まれの作者S・アン=スキがユダヤの伝承をもとに1915年ごろにロシアで完成した脚本で、心中ものともメロドラマとも、共同体からの圧迫に屈しなかった女性の物語とも読めます。言葉もろくに交わさぬままで相思相愛な若い男女がおり、片や裕福な家の娘、片や身寄りのない神学生。娘の父が別の裕福な家の若者との縁談をまとめたと知って絶望した神学生は死んでしまい、天寿を全うできなかった迷える魂(ディブック)になって、婚礼を迎えた娘に憑りつきます。ユダヤ社会におけるエクソシストたるレビ・アズリエル師が調伏を試みるものの苦戦。やがて神学生の父の霊の訴えで悲劇の因果が明らかになります。結局、レビ・アズリエル
師が選んだ方法とは…。
つい「調伏」「因果」といった仏教の言葉で語りたくなるほど映画は日本の能や歌舞伎の影響を全面に出した面白い演出で、憑依された場面で娘の衣装が、純白の袖が赤と黒の翼のような袖へ早変わりする「ひきぬき」、娘の体内で悪霊が荒れ狂っているときの身振りは「荒事」、他の登場人物の衣装や化粧も、袴や下駄や隈取といった影響が見受けられて、日本で能や狂言を学んだというテル・アヴィヴ大学教授ツヴィカ・セルペル氏の演出はとても面白かったです。その一方で、ゴリゴリにユダヤ色が強い演出があるのならば、そちらも観たくなりました。例えば、寂しい場面でのコーラスは、とても荘厳で美しくてずっと聴いていたい気がしたのだけれど、それがユダヤ文化から来ているのか別のところからきているのか。

 第二部はシンポジウムで、『ディブック』の成立やその後の経緯、イスラエルの演劇状況など。
 第一部の質疑応答で、「ヘブライ語で上演していたけれど、イデッシュ語での上演はどう?」と聞いた人がいて、どっちでもいいような話ではなかったようです。ユダヤ人の言語には、ヘブライ語とイデッシュ語の二つがあって、ヘブライ語は聖書の言葉で二千年も使われていなかったのを1888年に「パレスチナユダヤ人はヘブライ語をしゃべる」の理念を掲げたヘブライ語の先生たちが、演劇を手段とした教育を立ち上げて復活させた経緯があります。対するイデッシュ語は日常の言葉でしたが、ショア(ホロコースト)によって使える人が激減しています。そういえば
アイザック・バシェヴィス・シンガーのよりどころは
イデッシュ語にあったのだけれど、
『ディブック』作者は、ロシア語で執筆し、自分でイデッシュ語に訳したものの、神殿としての演劇を実現したかったので、諧謔性の強いイディッシュ語版よりも、ヘブライ語版を好んだそうです。そういうこともあって 『ディブック』
1920年の初演ではイデッシュ語版、1922年のワンタンゴフ演出はヘブライ語版、というこの演劇の出自は言語使用者から見ると複雑な状況です
。つまり言語がわからなくても興味深い演劇として他言語使用者が観た状況と、言語使用当事者から観た状況は全然異なるのです。私が知らないだけで日本語だって同じようなことはすでに起きているのかもしれないですよね。