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(インタビュー)「膨大さに追われずに、バランスよくさっと見て、自分のポイントを見つける」

◇話し手:水野俊太郎 (Shuntaro Mizuno) 1977年東京生まれ。理学博士。早稲田大学高等研究所助教
◇インタビュー日:2015年8月15日
◇メモ:インタビュー講座の課題着手にあたり、最初のインタビュー相手を弟にしました。以前から「弟さんはどんな研究をしているんですか?」と聞かれて途方に暮れていたので。(水野美和子) 

■ポジション

主に宇宙のインフレーションモデルの研究をしています。2013年までは世界的に一番進んでいるテーマを持つ研究者との共同研究でイギリスやフランスの研究機関にいましたが、任期が終わって帰国し、今は早稲田大学高等研究所の助教です。研究をつづけながら、海外での研究経験を活かして早稲田の研究や教育活動に貢献できるポジションですが、これまで同様に任期があるので、今はいろんな意味で大切な時期だと思っています。海外での就職は考えませんでした。その国特有の教育カリキュラムに対応しなければならないし、ヨーロッパは不況でもあるし、アメリカはコネ社会みたいなところがあるので、僕がポンと行ったところで難しい。それに日本で育ててもらったから、やっぱり日本に貢献したい。研究に専念できるポジションは限られているけれども、まだ日本の方が研究をつづけやすいです。

 

インフレーション

インフレーションとはビッグバンの前の現象で、宇宙の構造のもとになる揺らぎを生成してビッグバンに初期条件を与えるものです。インフレーションの揺らぎの性質を予想したものをモデルと呼びます。すでにモデルは100個以上考えられていて、僕ら理論家は、厳しい前提条件の中でどれだけ良いアイディアを出せるかが勝負です。観測衛星のおかげで実際にモデルの検証ができるようになったのが最近の進展といえます。検証に耐えたモデルの中には、僕が提唱したものや、他の人のを強化したモデルも含まれます。また、ビッグバンの初期条件をインフレーション以外のメカニズムで説明する議論もあるにはありますが、最近はもうインフレーション自体を認めて、どのインフレーションのモデルがビッグバンの初期条件を「自然に」説明できるかを考えるのが主流になってきています。「自然に」とは「こういう条件をつければ説明できます」といった但し書きがより少ないことです。

 

■実証可能になった哲学

インフレーションよりもっと前の時期に「宇宙がどうできたか」は、現在の技術では白黒つけられないので、科学というよりは哲学的な枠内にあると思います。インフレーションも最近まで哲学的な枠内にあったのですが、2001年にアメリカのNASAが打ち上げたWMAP(ダブリュマップ)衛星と、2009年にESA(ヨーロッパ宇宙機関)が打ち上げたプランク衛星が、「宇宙背景放射」というビッグバンの証拠であり、インフレーションの名残でもある現象を観測したデータによって、モデルを検証できるようになりました。つまり技術の進歩によって科学の適用範囲が広がったという。だからインフレーションは面白い、とよく言われます。インフレーションの提唱者の一人である佐藤勝彦さんも最近、1980年代に理論を作った頃には、こんなすぐには観測や実験で実証可能になるとは思っていなかった、と言っているほどです。

 

■道のり

高校の文化祭で佐藤勝彦さんの講演を聞いて、宇宙の本質に迫る考え方になんとなく惹かれました。早稲田大学での最初の共同研究は大学院生の時、指導教官の前田恵一先生と助手だった辻川信二さんとで、インフレーションからビッグバンへの移行期である再加熱期に関するひとつのモデルを考えました。早稲田で助手をした後、東京大学の横山順一先生の研究室の研究員になり、その後は海外のノッティンガム大学でE. Copelandさんと暗黒エネルギーモデルの解析に関する共同研究をするためにイギリスへ。さらにポーツマス大学ではD. Wandsさんと「生成される密度揺らぎの統計性が特徴的なインフレーションモデル」を、フランスのパリ大学ではD. Langloisさんに博士研究員として受け入れていただいて「生成される密度揺らぎのスケール依存性が特徴的なインフレーションモデル」の共同研究をしました。このLangloisさんとは学生の頃からご縁があって、来日したとき早稲田でもセミナーをしていただくことになり、前日の夜に高田馬場駅まで僕が迎えに行きました。途中で朝食を買うためにコンビニへ行ったら、その当時はベジタリアンだったので卵もダメというので、Langloisさんが食べられそうなサンドイッチを探して一緒にコンビニをハシゴした記憶があります。

 

■海外の研究者

5年近く海外で仕事をして実感したのは、海外の研究者達は、研究の質を重視していて、良いアイディアを出すことです。また、集中力がかなりあって、研究を比較的短い時間で仕上げ、余暇や家族との時間を多く取っています。そういう人達の研究手法を学べたのは良かったです。また、一流の研究者が、僕が面白いと思ったアイディアをきちんと評価してくれたことがあって、とても嬉しく、自信をもてるようになりました。あと、ヨーロッパでは理系の研究者もある程度は文系の知識が必須な教育システムになっているようです。日本だと専門だけわかっていればよいという雰囲気があって、確かに自分の仕事をきちんとやるのが一番大事ですけれど、社会、文学、宗教、歴史等に対して深い教養を持つ人達が、最先端の宇宙物理でもバリバリと成果を出している姿に僕は感銘を受けました。

 

■毎日

モデルの研究ではノートパソコンの数値計算ソフトで観測結果への反映をシミュレーションしたり、予測される観測結果に対して予言を出したり。あとは学会向けのプレゼンの準備、文系向け教養講座の準備とか。大学の研究室のゼミに参加してセミナーを聞いたり、学生の発表や研究を聞いたり、前田先生と共同研究を進めたりしています。もちろん論文も書きます。理想はインフレーションが分かる人に引用してもらえる質の高い論文をたくさん書くことで、年に3本ぐらい書いています。インフレーションで論文が書ける人は世界に200人ぐらいいますが、そのうちの100人に引用してもらっている論文が2、3本あります。自分だけが面白いと思ってもまったく引用してもらえませんから、毎日アーカイブで動向をチェックします。今は世界中で論文のアーカイブが共有されていて、提出した翌日にはもうPDFファイルで読むことができます。その膨大さに追われずにバランスよくさっと見て、自分のポイントを見つけるのが大切です。

 

■これから

インフレーション研究の火付け役とでもいうべき、アメリカの衛星の観測結果が出たのが2004年、ヨーロッパが2013年です。お国柄かアメリカは簡単だけどさっとできるものを先にやって、ヨーロッパは精度を上げてきっちりしたものを。役割分担をしたかのようですね。2013年の観測結果による考察が完全に終わってしまうと、次に日本が2020年に打ちあげる衛星の観測結果が出るまでにおよそ十年間あいてしまいます。これまでの十年に比べると停滞期というか、白黒つけるにはしばらく時間がかってしまう。そろそろ別の検証方法を考える時期かもしれない。揺らぎを電磁波以外で観測するような…。もちろん、インフレーションにからむ研究対象として、宇宙の謎はまだまだ残っていて、まず「暗黒エネルギー」。宇宙論の物理はニュートン重力の拡張で、基本的には万有引力なので、宇宙が普通の物質でできているとしたら、宇宙の膨張は引力のせいでゆっくりになるはずなんだけど、実際には膨張がどんどん早くなっている…と、ここ十年くらいの観測結果で明らかになりました。銀河のようには光らないよくわかんない「暗黒物質」があるのかもしれない。この「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」の「暗黒」とは「よくわからないもの」って意味で。これがどのくらいすごいことかというと、ノーベル物理賞は普通、何か謎を説明しないと取れないものだけど、暗黒エネルギーに関しては「宇宙が加速膨張をしている」ことを発見した人がノーベル賞を取った程。本当にすごい謎です。

 

■魅力

初期宇宙論の魅力は、科学でありながらいろんな部分をちょくちょく含んでいるところです。物理だけではなく、哲学や歴史、宗教の要素もあります。あと僕はもともと歴史が大好きで、それは今僕らが当然のように享受しているこの世界は、実は過去の人々の偉大な業績のおかげだったと学べるからです。表面に見えるものだけではなく、過去の積み重ねの結果であるという事実に気づかされるからです。その意味で、初期宇宙論は究極の歴史と言えます。もちろん最終的には、僕の提唱している理論やモデルが正しいと決着がついてほしいです。でももし仮に将来の観測によって間違いとされてしまっても、他の誰かが僕のモデルのアイディアを引き継いで、その時点での観測結果が許容できるように改良したモデルを提案してくれたなら、多少なりとも人類の科学の進歩に貢献できると思います。どんな分野でもそうですが新しい結果がでたら、理解が深まり進歩してゆくわけで、できれば自分が関わっているうちにインフレーションを理解できたらいいな、と思います。